手作業で人生を終えるつもりですか? 24時間働く「自分だけの分身」の作り方Check!

2025年第24週目|誰も書かないなら、自分が書けばいいだけの話。

過ぎゆく日々の備忘録

– Whispers of Bygone Days –

2025年第24週

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6月9日(月)

新しいことを始めるのは、遅すぎる?

ショート動画をSNSで発信しようか……そんな考えがふと脳裏を過った。
でも、頭の中はネガティブな疑問符だらけ。
「本当にやりたいのか?」
「何をやればいいの?」
「若者の発想に勝てっこない!」
・・・

焦りはある。いま始めなければ、もうヤラない気もするし、もうデキない気もする。
でも同時に、そんな時代の波を追いかけてばかりで、自分の海を漕ぐ時間をなくしてしまうのではという不安もある。
結局この日は、何ひとつ手をつけなかった。
やらないことを選んだというより、選べなかったという方が近い。

アラ還。
時間は有限で、体力は貴重で、集中力は気まぐれだ。
だからこそ、あれこれ手を出すより、「これだけは」と言える何かを磨くべきじゃないか?
ただ、それだけで人生を楽しむことができるのか?
迷いの一日の備忘録。

今日の「気づき・学び」

迷いは、未来への予感でもある。

6月10日(火)

俺が悪いのか?

演劇の脚本家が、突然降りてしまった。
「僕の注文、多すぎたかな」「あのときの一言、きつかったかな」
頭の中で、反省会が無限ループする。
演出家としての責任というより、ひとりの人間として「すみません」と言いたい気持ちだけが残った。

それにしても困った。稽古もチラシも、脚本がなければ始まらない。
「じゃあ、自分で書くしかないか」
数日で、1本の台本を書く、無謀なチャレンジ。
でも、情熱と無謀は紙一重だ。

舞台づくりはチーム戦。でも、責任の火種はひとりずつ胸に抱えている。
脚本家の思いも、観客の期待も、全部抱えて……台本を書く!前に酒を飲む。

今日の「気づき・学び」

取り返したいなら、自分で走るしかない。

6月11日(水)

サブタイトル

演劇の台本を書き始めた。まずは構成と人物造形。
脚本家が降板して、結局すべてこっちに回ってきた。
腹の中は怒りでグツグツ。
「投げ出すなんて無責任だろ」と毒づきたくもなる。脚本のあがりを待っていた1か月半を無駄にした。

だけど、怒りグツグツ状態では、なにも進まない。
これは試練だ。むしろチャンスだ。
誰かに書いてもらうより、自分で書いた方が納得がいく。
そう思い込まないと、やってられない。

書かされるんじゃなく、書きたいと思えるところまで、自分を引っ張り上げる作業。
構成を考えるふりをしながら、自分の心の整理をしているような一日だった。

今日の「気づき・学び」

怒りや悔しさでは動けない!

6月12日(木)

書く!

他の仕事も私生活も犠牲にして、ただただ演劇台本を書く!

6月13日(金)

ブログお休み

演劇台本執筆に全精力を注ぐ!

6月14日(土)

4日間で脱稿。全身全霊?

演劇台本、とりあえず脱稿。
4日間で130ページ。睡眠不足、食事も風呂も記憶にない。
深夜1時、読み返すと……生ぬるい。
「うん、書き直し確定」。
でも、不思議と落ち込んではいない。

むしろ、「ここまでやった自分、よくやった」と、褒めてやりたい気分だ。
作品はまだ未完成。でも方向性は見えた。

目を閉じて、明日の自分にすべてを預ける。
焦らない。慌てない。
今日は「書いた」という事実だけを抱いて、眠ろう。

今日の「気づき・学び」

走り切った事実が、すでに物語だ。

6月15日(日)

サブタイトル

演劇台本を推敲する。
読み返すと、登場人物が全員いい人。まるで道徳の教科書。善人カタログ。これじゃドラマが生まれない。人と人がぶつかってこそ舞台だ。
うん、7割書き直し決定! でも、なぜかショックはない。

初稿なんて、粗くて当然。
形にしたからこそ、欠点も見える。
設計図があるから、壊し方だってわかる。

今日はもう深追いせず、キャラクターを練り直す作業に入る。
この舞台を動かすのは脚本じゃなく、役者たちの存在感だ。
彼らが舞台上で生き生きと衝突すれば、観客は勝手に引き込まれる。
だから今は、人物造形に全力を注ぐ。

今日の「気づき・学び」

物語を動かすのは、登場人物だ!

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